2021年06月
2021年06月30日
生どら焼き作り😸
グループホームのブログをご覧頂きありがとうございます
今月の25日、入居者様と生どら焼き作りをしました!


どら焼きの間には生クリームと餡子を混ぜて挟んで頂きました
入居者様には 美味しい 美味しいと喜んで頂けました!
皆さんは、粒あん、こしあん、どちらが好きですか?
今月の25日、入居者様と生どら焼き作りをしました!


どら焼きの間には生クリームと餡子を混ぜて挟んで頂きました
入居者様には 美味しい 美味しいと喜んで頂けました!
皆さんは、粒あん、こしあん、どちらが好きですか?
casaiwanuma at 08:46|Permalink│Comments(4)
2021年06月25日
看取りの話
いつもカーサ岩沼グループホームのブログをご覧いただきありがとうございます。
「この間のながーーーーーーーーーいブログ、読みましたよ!」と声を掛けていただき、ニヤニヤ
して嬉しさを隠し切れない大内です。ありがとうございます。
今回もながーーーーーーーくなりますので、覚悟してお読みくださいませ。なんちゃってー
。
今回は、少し重たい話になりますが、「グループホームで最期まで看取る」ことについて書きたいと思います。
カーサ岩沼グループホームでは、ご希望があれば看取りを行っています。
グループホームで看取りを行っているところは実のところ、あまり多くはありません。
常勤看護師がいない所が多く、緊急時の対応が難しいという事が理由の一つとして挙げられます。
カーサ岩沼は複合施設なので常勤の看護師がいます。
24時間連絡が取れる体制になっていて夜中でも看護師が駆け付けてくれるので、ここで看取りを行う事が出来ます。
だからといってなんの不安も抱かずに看取りに関わる事が出来るのかというと、決してそうではありません。
看護師が駆け付けてくれたとしても、仲間が傍にいてくれたとしても、一人の人が最期の時を迎える瞬間に立ち会うという事は、自分が平静でいられるのか、適切な行動をとる事が出来るのか、そして大切な家族が亡くなっていく瞬間を迎える家族様のサポートをどのように行ったらいいのか、いろいろな事を考えながら看取りを行っています。
人が亡くなる時、最期に何を思うのかなあと、いつも考えます。
最後に何が目に入るのかな。
この世を生きて、何が一番楽しかったのかな。
「最後にお寿司でも食べたかったなあ・・・」なんて思ってないかな。
「温かいお風呂に入りたかったなあ」って思ってないかな。
私たちにはもっと何か出来る事がなかったかなと、たくさん頭の中で考えます。
看取りとはどういうものなのか、まだ殆ど経験がなかった頃、元気だった入居者様がある日を境に急に体調を崩され「終末期(看取り)の段階」となったことがありました。
だいぶ高齢だったこともあり老衰ということではあったのですが、あまりに急なことで、私も含めてその現実をしっかりと受け止められるスタッフがほとんどいない状況でした。
あの元気だった入居者様が・・・と、気持ちの整理もできず、とにかく何か食べてくれたら元気になってくれるんじゃないかと、目を開ける事も出来ない、口もほんの少ししか開ける事が出来ないような入居者様に「お願いだから、少しだけでもいいから食べて」と、食べ物を口に運ぶスタッフもいました。
動かしたら本人が辛いのではないかと、何日も入浴せずにいるのに体を拭いてさっぱりしてもらおうとか考えることも出来ず、身体に触れることさえも「してはいけない事」ではないかと思うスタッフもいました。私もそうです。
何が間違いで、何が正解なのか、答えはないかもしれませんが、自分がしたことでもしも大変なことになってしまったら・・・と、不安しかなかったのです。
その入居者様が看取りの時期に入ってから何日かたったある日、以前よりグループホームで行事を行う予定になっていました。
看取りのこの時期に行事を行うなんて不謹慎ではないのかと、スタッフから意見が出ました。当然のことです。
体調を崩してから数日、食事も水分も全く摂ることが出来ない状態が続いており、ケアを行っているスタッフたちも不安でいっぱいでした。
行事なんてしてる場合じゃないと思う反面、こういう時だからこそした方がいいんじゃないかと、とてもとても悩みました。
楽しそうな音を聞かせてあげたい。
「楽しいことあったなあ」って思ってもらいたい。
本当はそんなことよりもっと大事なことがあったと思いますし、ご本人はそんなことちっとも望んでいなかったかもしれませんが、その時に出来る事はそれぐらいしか私には思いつきませんでした。
ベッドから起き上がることができない入居者様の部屋に行事の恰好で訪室して話しかけたり、その入居者様に聞こえるように、その方が大好きでよく歌っていた歌をみんなで歌ったり、みんなで一生懸命「楽しい音」を届けました。
どうだったかな、届いたかな、それはわかりませんし、今でもその時に行事をして良かったのか、考える事があります。
何度か看取りを経験してきていますが、いつもたくさんの思いが残ります。
「もっと声を掛けに部屋に行けばよかった」
「饅頭食べさせてあげれば良かった」
「何が好きか聞いておけばよかった」
「体、拭いてあげれば良かった」
たくさん思います。後悔します。
家族様と入居者様の絆には到底かないませんが、人生の最期に関わった者として何かできる事があるならば、微力でも何かしたい。
そういう気持ちで看取りを行っています。
なぜグループホームで看取りを行うんですか?と、スタッフから聞かれたことがあります。
グループホームは「地域密着型」という、ご本人の住所がある地域のグループホームにしか入居することができない施設です。
看取りの時期に入ったとしても、住み慣れたところで生活したい、もしくはして欲しい、そう思っているご本人、その家族様の希望があれば、それに応えたい。
認知症になって自宅で生活することが難しくなって施設に入居し、そこからずっと生活してきた馴染みの場所で最期を迎えるという形があってもいいのではないかなと思うのです。
ずっと生活してきた場所だから、ご本人のことをよく知っているスタッフがいっぱいいるところだから、だからこそ出来る事がたくさんあるかもしれません。
もちろん様々な事情や、このグループホームではご希望に沿うことが出来ないということもありますので、全ての方がここでというわけにはいかないかもしれませんが・・・ね。
重い話になってしまいましたが、またまたながーーーーーーい文章にお付き合い頂き、ありがとうございます。
次のブログはきっと、スタッフの行事紹介のブログになると思いますので楽しみにしていてくださいね。
ではまた~
大内
「この間のながーーーーーーーーーいブログ、読みましたよ!」と声を掛けていただき、ニヤニヤ
今回もながーーーーーーーくなりますので、覚悟してお読みくださいませ。なんちゃってー
今回は、少し重たい話になりますが、「グループホームで最期まで看取る」ことについて書きたいと思います。
カーサ岩沼グループホームでは、ご希望があれば看取りを行っています。
グループホームで看取りを行っているところは実のところ、あまり多くはありません。
常勤看護師がいない所が多く、緊急時の対応が難しいという事が理由の一つとして挙げられます。
カーサ岩沼は複合施設なので常勤の看護師がいます。
24時間連絡が取れる体制になっていて夜中でも看護師が駆け付けてくれるので、ここで看取りを行う事が出来ます。
だからといってなんの不安も抱かずに看取りに関わる事が出来るのかというと、決してそうではありません。
看護師が駆け付けてくれたとしても、仲間が傍にいてくれたとしても、一人の人が最期の時を迎える瞬間に立ち会うという事は、自分が平静でいられるのか、適切な行動をとる事が出来るのか、そして大切な家族が亡くなっていく瞬間を迎える家族様のサポートをどのように行ったらいいのか、いろいろな事を考えながら看取りを行っています。
人が亡くなる時、最期に何を思うのかなあと、いつも考えます。
最後に何が目に入るのかな。
この世を生きて、何が一番楽しかったのかな。
「最後にお寿司でも食べたかったなあ・・・」なんて思ってないかな。
「温かいお風呂に入りたかったなあ」って思ってないかな。
私たちにはもっと何か出来る事がなかったかなと、たくさん頭の中で考えます。
看取りとはどういうものなのか、まだ殆ど経験がなかった頃、元気だった入居者様がある日を境に急に体調を崩され「終末期(看取り)の段階」となったことがありました。
だいぶ高齢だったこともあり老衰ということではあったのですが、あまりに急なことで、私も含めてその現実をしっかりと受け止められるスタッフがほとんどいない状況でした。
あの元気だった入居者様が・・・と、気持ちの整理もできず、とにかく何か食べてくれたら元気になってくれるんじゃないかと、目を開ける事も出来ない、口もほんの少ししか開ける事が出来ないような入居者様に「お願いだから、少しだけでもいいから食べて」と、食べ物を口に運ぶスタッフもいました。
動かしたら本人が辛いのではないかと、何日も入浴せずにいるのに体を拭いてさっぱりしてもらおうとか考えることも出来ず、身体に触れることさえも「してはいけない事」ではないかと思うスタッフもいました。私もそうです。
何が間違いで、何が正解なのか、答えはないかもしれませんが、自分がしたことでもしも大変なことになってしまったら・・・と、不安しかなかったのです。
その入居者様が看取りの時期に入ってから何日かたったある日、以前よりグループホームで行事を行う予定になっていました。
看取りのこの時期に行事を行うなんて不謹慎ではないのかと、スタッフから意見が出ました。当然のことです。
体調を崩してから数日、食事も水分も全く摂ることが出来ない状態が続いており、ケアを行っているスタッフたちも不安でいっぱいでした。
行事なんてしてる場合じゃないと思う反面、こういう時だからこそした方がいいんじゃないかと、とてもとても悩みました。
楽しそうな音を聞かせてあげたい。
「楽しいことあったなあ」って思ってもらいたい。
本当はそんなことよりもっと大事なことがあったと思いますし、ご本人はそんなことちっとも望んでいなかったかもしれませんが、その時に出来る事はそれぐらいしか私には思いつきませんでした。
ベッドから起き上がることができない入居者様の部屋に行事の恰好で訪室して話しかけたり、その入居者様に聞こえるように、その方が大好きでよく歌っていた歌をみんなで歌ったり、みんなで一生懸命「楽しい音」を届けました。
どうだったかな、届いたかな、それはわかりませんし、今でもその時に行事をして良かったのか、考える事があります。
何度か看取りを経験してきていますが、いつもたくさんの思いが残ります。
「もっと声を掛けに部屋に行けばよかった」
「饅頭食べさせてあげれば良かった」
「何が好きか聞いておけばよかった」
「体、拭いてあげれば良かった」
たくさん思います。後悔します。
家族様と入居者様の絆には到底かないませんが、人生の最期に関わった者として何かできる事があるならば、微力でも何かしたい。
そういう気持ちで看取りを行っています。
なぜグループホームで看取りを行うんですか?と、スタッフから聞かれたことがあります。
グループホームは「地域密着型」という、ご本人の住所がある地域のグループホームにしか入居することができない施設です。
看取りの時期に入ったとしても、住み慣れたところで生活したい、もしくはして欲しい、そう思っているご本人、その家族様の希望があれば、それに応えたい。
認知症になって自宅で生活することが難しくなって施設に入居し、そこからずっと生活してきた馴染みの場所で最期を迎えるという形があってもいいのではないかなと思うのです。
ずっと生活してきた場所だから、ご本人のことをよく知っているスタッフがいっぱいいるところだから、だからこそ出来る事がたくさんあるかもしれません。
もちろん様々な事情や、このグループホームではご希望に沿うことが出来ないということもありますので、全ての方がここでというわけにはいかないかもしれませんが・・・ね。
重い話になってしまいましたが、またまたながーーーーーーい文章にお付き合い頂き、ありがとうございます。
次のブログはきっと、スタッフの行事紹介のブログになると思いますので楽しみにしていてくださいね。
ではまた~
大内
2021年06月15日
アルツハイマー型認知症の治療薬
いつもカーサ岩沼グループホームのブログをご覧頂きありがとうございます。
今回は、最近話題になっているアルツハイマー型認知症の新しい治療薬の事について書いてみたいと思います💊。
「アデュカヌマブ」という薬が米国
で承認されたというニュースがありました。
アルツハイマー型認知症は、アミロイドβタンパクという特殊なタンパク質が脳に蓄積する事で神経細胞が死んでしまい、脳が萎縮してしまいます。
記憶を司る「海馬」を中心に、やがては脳全体が萎縮していく病気です。
「アデュカヌマブ」は、そのアミロイドβタンパクを取り除いて、神経細胞が壊れる事を防止しましょうというものだと説明されています。
一度萎縮してしまった脳は風船を膨らませるように元に戻る事はないため、それ以上進行しないようにストップ
をかける薬だという事です。
主観的認知機能障害(SCI)という認知症の初期の初期という段階があります。
「主観的」というものは、客観的には気付かれないのですが、自分では「何かちょっと変かな
」と感じるレベルです。
「何だか物忘れが多いような気がする」と病院を受診して、MRI等で検査をしても脳の萎縮は「正常の範囲内」と診断される極々初期の状態です。
そして軽度認知機能障害(MCI)という段階があり、これは主観的認知機能障害から少し進行した状態で、客観的に見ても「何だかおかしい
」と感じる事が出来るレベル。
この二つの段階にある方がアデュカヌマブを使用すると、特に効果があると言われています。
日本でこの薬が使用できるようになるまでには、いくつかの課題があるようです。
治療費がかなり高額であるという点も話題になっていますが、年を重ねると大多数の人が「あれ、何しにこっちに来たんだっけ・・・
?」とか、「あのドラマに出てた女優さん、顔は思い出せるんだけど名前なんだっけ・・・
」何てことよくありますよね。
「この頃よく忘れちゃうんだよねー、年は取りたくないもんだねー
」なんて、よくある会話です。
仕事中、パソコンとにらめっこして自分の世界に入っていたりすると、ふと我に返った時に「あ、ここ、家じゃなかった・・・」なんてこと、私はしょっちゅうあります。
仕事中だという事をすっかり忘れてしまい、隣で仕事をしている上司向かって「ねえねえ、お母さん」なんて話しかけそうになったことは一度や二度ではありません
。
もしかしたら今の私は、アデュカヌマブを使用したら効果絶大な時期だったりして・・・ハハ。
「何をとろうと思って冷蔵庫開けたんだっけ?」と思った時、「受診しなくちゃ!」と思うでしょうか。
私は思いません。
普段から健康管理をきちんとしていて「ちょっと頭が痛いから病院に行かなくちゃ」と、些細な異変でも受診する習慣がある方はいらっしゃると思いますが、私のような面倒くさがりは滅多なことでも起きない限り病院へは行きません。
自分の子供が小さい時にアスレチックで一緒に走り回って遊び、木と木の間に足が挟まり転んだことがあります。あ、子供がじゃないですよ、私がです。
足の甲から「ブチッ!!!」と、自分の体からは発した事のない音が聞こえ、その後足首から下が2倍に膨れ上がりました
。
そんな時でも「一晩寝れば治るでしょ」と思って様子を見ましたが、翌日になっても腫れは引かず足の甲の色は美しい茄子
の色になっていました。
家族にあんまり「病院に行け」と言われるもんで、渋々病院へ行ったらば、靭帯損傷していて靴を履くことも難しく歩行困難という現実・・・。
「おかしいな」と思ったら「受診しよう」と考える思考回路が、きっと私は欠如しているのだと思います。
私だけに限らず、ちょっとした物忘れで受診しようと考えるのは、そう多くないのではないかと思うと、本当に色々な課題を解決しないと難しいんだろうなあと思いました。
課題をクリアして、日本でも安全に使用できる日が早く来るといいなと思います
。
今回は、最近話題になっているアルツハイマー型認知症の新しい治療薬の事について書いてみたいと思います💊。
「アデュカヌマブ」という薬が米国
アルツハイマー型認知症は、アミロイドβタンパクという特殊なタンパク質が脳に蓄積する事で神経細胞が死んでしまい、脳が萎縮してしまいます。
記憶を司る「海馬」を中心に、やがては脳全体が萎縮していく病気です。
「アデュカヌマブ」は、そのアミロイドβタンパクを取り除いて、神経細胞が壊れる事を防止しましょうというものだと説明されています。
一度萎縮してしまった脳は風船を膨らませるように元に戻る事はないため、それ以上進行しないようにストップ
主観的認知機能障害(SCI)という認知症の初期の初期という段階があります。
「主観的」というものは、客観的には気付かれないのですが、自分では「何かちょっと変かな
「何だか物忘れが多いような気がする」と病院を受診して、MRI等で検査をしても脳の萎縮は「正常の範囲内」と診断される極々初期の状態です。
そして軽度認知機能障害(MCI)という段階があり、これは主観的認知機能障害から少し進行した状態で、客観的に見ても「何だかおかしい
この二つの段階にある方がアデュカヌマブを使用すると、特に効果があると言われています。
日本でこの薬が使用できるようになるまでには、いくつかの課題があるようです。
治療費がかなり高額であるという点も話題になっていますが、年を重ねると大多数の人が「あれ、何しにこっちに来たんだっけ・・・
「この頃よく忘れちゃうんだよねー、年は取りたくないもんだねー
仕事中、パソコンとにらめっこして自分の世界に入っていたりすると、ふと我に返った時に「あ、ここ、家じゃなかった・・・」なんてこと、私はしょっちゅうあります。
仕事中だという事をすっかり忘れてしまい、隣で仕事をしている上司向かって「ねえねえ、お母さん」なんて話しかけそうになったことは一度や二度ではありません
もしかしたら今の私は、アデュカヌマブを使用したら効果絶大な時期だったりして・・・ハハ。
「何をとろうと思って冷蔵庫開けたんだっけ?」と思った時、「受診しなくちゃ!」と思うでしょうか。
私は思いません。
普段から健康管理をきちんとしていて「ちょっと頭が痛いから病院に行かなくちゃ」と、些細な異変でも受診する習慣がある方はいらっしゃると思いますが、私のような面倒くさがりは滅多なことでも起きない限り病院へは行きません。
自分の子供が小さい時にアスレチックで一緒に走り回って遊び、木と木の間に足が挟まり転んだことがあります。あ、子供がじゃないですよ、私がです。
足の甲から「ブチッ!!!」と、自分の体からは発した事のない音が聞こえ、その後足首から下が2倍に膨れ上がりました
そんな時でも「一晩寝れば治るでしょ」と思って様子を見ましたが、翌日になっても腫れは引かず足の甲の色は美しい茄子
家族にあんまり「病院に行け」と言われるもんで、渋々病院へ行ったらば、靭帯損傷していて靴を履くことも難しく歩行困難という現実・・・。
「おかしいな」と思ったら「受診しよう」と考える思考回路が、きっと私は欠如しているのだと思います。
私だけに限らず、ちょっとした物忘れで受診しようと考えるのは、そう多くないのではないかと思うと、本当に色々な課題を解決しないと難しいんだろうなあと思いました。
課題をクリアして、日本でも安全に使用できる日が早く来るといいなと思います
2021年06月10日
認知症の介護って辛いだけ?
いつもカーサ岩沼グループホームのブログをご覧いただきありがとうございます
。
グループホームで介護支援専門員(ケアマネジャー)と兼務して副管理者をしております、大内です。
まだコロナ禍にあるため面会制限をさせていただいており、ご不便をお掛けしております。
ご家族に会うことも、外出することもできない入居者様に施設の中で少しでも楽しんで頂きたい思いで、職員一同様々な行事やレクリエーションを企画しており、その様子をブログで紹介しております。
入居者様の行事の時や日々の表情などを見ていただくことがブログを開設した大きな目的なのですが、施設を知っていただく、グループホームを知っていただく、そして私たちが行っている「認知症介護」を知っていただくということも目的の一つです。
不定期にはなると思いますが、様々な内容での更新をしていきたいと思っております。
今回は、私の話を少し。
カーサ岩沼は平成28年9月に開設されましたが、カーサ岩沼になる前、この施設は違う名前の施設でした。
私は、その施設が開設された時のオープニングスタッフとして採用され、現在までの11年間勤務しています。
初めの1年弱は有料老人ホームで勤務しており、震災があった年、平成23年3月1日からグループホームに異動になりました。そこから10年グループホームにいます。
当時の私は認知症グループホームに勤務していながら、認知症に関する知識はヘルパー取得のためのテキストに載っているほんの数ページ分ほどの知識しかありませんでした
認知症介護にかかわったことのある方、現在認知症介護をされている方にはおわかりになるかもしれませんが、認知症の方の「昼の顔」「夜の顔」の違いに戸惑ったり、コロコロと変わる質問に答えられなかったり、今までここで居眠りしていたと思ったらいなくなってしまって慌てて探し回ったり、お風呂に入って気持ちよくなりましょうねーとお誘いしたらば「やめて!!殺される

」と叫ばれグー
で叩かれたり、夜勤の時にあちこちにおしっこをされたりと、この仕事をしていてこんなこと言ってはいけないのは重々承知していますが、毎日逃げ出したい気持ちでいっぱいでした
。
私が想像していた「認知症介護」とは、
①一緒に食事の準備をする。
②トイレで失敗したらパンツを取り替える。
③昼間は徘徊したりするから、大変なのは昼間だけ。
④同じこと何回も言われるかもしれないけど、優しく返事したら大丈夫。
・・・・もっとありますが、恥ずかしいのでこのくらいでやめておきます。
認知症介護に対する想像と現実の違いに、私はなかなか馴染むことが出来なかったのです
。
前述したように、震災の年の3月1日からグループホームに異動になり、人見知りだった私は新しい同僚にも入居者様にも打ち解けることができないまま震災の日を迎えてしまうわけです。
大きな揺れにより、建物内は停電となり、水も止まりました。一つの場所で集まることで万が一の事態に備えるようにと、二つのユニットの入居者様を一つのユニットにまとめ、ろうそくと懐中電灯の明かりの下、いつもと違う環境に慌てふためいた入居者様がウロウロと動き回っているような状況です。
二つのユニットを一つにまとめたため、居室以外の廊下にベッドを並べ雑魚寝状態です。
トイレの水も止まっているため汲んできた水で流したり、厨房でなんとか用意してくれたおにぎりとみそ汁をラップで覆った皿に並べて配膳したり、興奮して歩き回る入居者様の対応をしたり、とにかく現場は大混乱です。
その中に、全くもってその場に馴染んでいない、異動したての私がいるわけです。
入居者様の顔と名前さえも合致していない。
特徴や性格もほぼ無知。
同僚のことさえもまだわかっていない。
「完全アウェー」なわけです。
「何しにきたの、邪魔なんですけど
」な状態です。
そんな中でもなんとか爪痕を残そうと、やれることをやりましょうと思い立った私は、汲んできた水を使って入居者様の服を手で洗濯していたスタッフたちに混ざって洗濯を始めました。しかし、「こっちは私たちでやるのでいいです」と断られてしまいます。さてそれではオムツ交換でもしましょうかと「じゃあ私こっちやります!」なんて声を掛けると「その入居者さんのオムツ交換は難しいから無理だと思います」という具合です。
人一倍人見知りな私は、入居者様に近づくことも難しいわけです。
どこに立っていたらいいのかわからない。
誰に話しかけていいのかもわからない。
おにぎり食べていいよって言われたけど、洗濯もオムツ交換も満足にしていないのに食べていいのかな・・・。
そんな「完全アウェー(勝手にそう思っていただけだと思いますが・・・)」でしたが、なんとか震災の混乱期を乗り越え、いよいよ通常の「認知症介護」に突入するわけです。
グループホームでの認知症介護の第一の壁は「帰宅願望の対応」でした。
身体はとっても小さいのに声が人一倍大きくてすごく元気な車いすの入居者様がいました。
「あんだ!家さ帰っから!車で乗せでいばい(乗せていって)!!」毎日ずーーーーっと言い続けます。「帰らなくていいんだよ。ここにいていいんだよ」「あとでね」と、こちらもずーーーーーーっと言い続けます。
「なんで何回も何回も・・・
」と、その時の私は苦しくなるわけです。
1回1回の「帰っから」を受け止めることが出来ませんでした。「帰っから」の理由が、「認知症だから」としか思いませんでした。「認知症だから『家に帰らなくていい』が理解できなくて同じこと何回も言うんだ」「認知症だからここで生活してるってことわからないんだ」「疲れて早く諦めてくれないかな」何てことを、ずっと心の中で思っていたわけです。
「帰りたくなる理由」を考えるなんてこと、思いもしなかったのです。
ある日、「帰っから乗せでいばい!」に嫌気がさした私は、「私ね、車運転できないの。馬で通ってるから」と適当に返事をしました。
朝起きてからずっと「帰っから!」と言っているのに誰もちゃんと話を聞かないもんで、怒り心頭という状態だった入居者様が、「んま(馬)さ乗ってんの

!!」と驚きました。「んま(馬)こわぐねの(怖くないの)?!」と、本気の質問がきました。
「人参やったらちゃんと言うこと聞くから怖くないよ。馬でいいなら乗っけて行くよ」と調子に乗って答えました。
「あやー、んま(馬)人参食うの!アハハー
、オラおっかねごだ~(怖い)」と笑っています。
「んま(馬)おっかねがらいいわー」と。
「雨の日は、んま(馬)どうすんの?」という質問に「馬用のカッパがあるんだよ」なんて話を続けました。
何度も「アハハ
」と笑い、興味津々の嬉しそうな表情が見られたもんで、こっちも嬉しくなって話を膨らませるわけですね。入居者様と二人で頬を紅潮させてまで馬の話で盛り上がりました。
もしかして「帰っから」は「何にも面白いことないから帰っちゃうよ、いいのね

!」なのかもしれない。
もしかしたら面白かったらここにいてもいいって思うかもしれないなと、ここでやっと小さな小さな気付きが生まれたわけです。
気付いたからといって私の介護技術や話術が一気に上達したかというと残念ながらそううまくはいかないのですが、この入居者様の「帰宅願望対策」は、”馬”で乗り切りました。
他の入居者様の帰宅願望にも使ってみましたが、全く効果なしでした。
一人ひとりの興味は、もちろんですが千差万別ですもんね。
私が最初に想像していた「認知症介護」は、そのくらいの介護で済むのであれば自宅で十分暮らせる状態であり、それが難しいから、そのくらいの介護で済まなくなったから、それまで苦しい思いをして限界まで介護をしてきた家族の方が悩んで悩んで「施設に入ってもらう」と決断するわけですよね。
わかっていませんでした、私。
認知症介護をすることになって2~3年は「仕事がつらいなあ・・・」と、毎日思っていました。
仕事の日は朝ごはんも喉を通らないような状態でした。
予想もできないようなことをする入居者さんが怖かったのかもしれません。
うまく対応出来ない自分を知りたくない、そんな自分を人に見られたくない、そんな気持ちもありました。
いろいろな経験をしたこと、そしてたくさんの人たちに支えられ、「辛い」という言葉が薄れていきました。
仕事が辛くてたまらなかったあの時から、本気で「仕事が趣味です」「この仕事が大好きです!」といえるようになるまでの話を、時々ここでできるといいなと思います。
認知症介護の仕事をしているくせにそんなこと思うなんて・・・と不快に思われた方がいましたらすみません。
ただ、認知症介護とは、辛いだけでも、楽しいだけでもないということを、知っていただけたらなと思います。
では、また~
グループホームで介護支援専門員(ケアマネジャー)と兼務して副管理者をしております、大内です。
まだコロナ禍にあるため面会制限をさせていただいており、ご不便をお掛けしております。
ご家族に会うことも、外出することもできない入居者様に施設の中で少しでも楽しんで頂きたい思いで、職員一同様々な行事やレクリエーションを企画しており、その様子をブログで紹介しております。
入居者様の行事の時や日々の表情などを見ていただくことがブログを開設した大きな目的なのですが、施設を知っていただく、グループホームを知っていただく、そして私たちが行っている「認知症介護」を知っていただくということも目的の一つです。
不定期にはなると思いますが、様々な内容での更新をしていきたいと思っております。
今回は、私の話を少し。
カーサ岩沼は平成28年9月に開設されましたが、カーサ岩沼になる前、この施設は違う名前の施設でした。
私は、その施設が開設された時のオープニングスタッフとして採用され、現在までの11年間勤務しています。
初めの1年弱は有料老人ホームで勤務しており、震災があった年、平成23年3月1日からグループホームに異動になりました。そこから10年グループホームにいます。
当時の私は認知症グループホームに勤務していながら、認知症に関する知識はヘルパー取得のためのテキストに載っているほんの数ページ分ほどの知識しかありませんでした
認知症介護にかかわったことのある方、現在認知症介護をされている方にはおわかりになるかもしれませんが、認知症の方の「昼の顔」「夜の顔」の違いに戸惑ったり、コロコロと変わる質問に答えられなかったり、今までここで居眠りしていたと思ったらいなくなってしまって慌てて探し回ったり、お風呂に入って気持ちよくなりましょうねーとお誘いしたらば「やめて!!殺される
私が想像していた「認知症介護」とは、
①一緒に食事の準備をする。
②トイレで失敗したらパンツを取り替える。
③昼間は徘徊したりするから、大変なのは昼間だけ。
④同じこと何回も言われるかもしれないけど、優しく返事したら大丈夫。
・・・・もっとありますが、恥ずかしいのでこのくらいでやめておきます。
認知症介護に対する想像と現実の違いに、私はなかなか馴染むことが出来なかったのです
前述したように、震災の年の3月1日からグループホームに異動になり、人見知りだった私は新しい同僚にも入居者様にも打ち解けることができないまま震災の日を迎えてしまうわけです。
大きな揺れにより、建物内は停電となり、水も止まりました。一つの場所で集まることで万が一の事態に備えるようにと、二つのユニットの入居者様を一つのユニットにまとめ、ろうそくと懐中電灯の明かりの下、いつもと違う環境に慌てふためいた入居者様がウロウロと動き回っているような状況です。
二つのユニットを一つにまとめたため、居室以外の廊下にベッドを並べ雑魚寝状態です。
トイレの水も止まっているため汲んできた水で流したり、厨房でなんとか用意してくれたおにぎりとみそ汁をラップで覆った皿に並べて配膳したり、興奮して歩き回る入居者様の対応をしたり、とにかく現場は大混乱です。
その中に、全くもってその場に馴染んでいない、異動したての私がいるわけです。
入居者様の顔と名前さえも合致していない。
特徴や性格もほぼ無知。
同僚のことさえもまだわかっていない。
「完全アウェー」なわけです。
「何しにきたの、邪魔なんですけど
そんな中でもなんとか爪痕を残そうと、やれることをやりましょうと思い立った私は、汲んできた水を使って入居者様の服を手で洗濯していたスタッフたちに混ざって洗濯を始めました。しかし、「こっちは私たちでやるのでいいです」と断られてしまいます。さてそれではオムツ交換でもしましょうかと「じゃあ私こっちやります!」なんて声を掛けると「その入居者さんのオムツ交換は難しいから無理だと思います」という具合です。
人一倍人見知りな私は、入居者様に近づくことも難しいわけです。
どこに立っていたらいいのかわからない。
誰に話しかけていいのかもわからない。
おにぎり食べていいよって言われたけど、洗濯もオムツ交換も満足にしていないのに食べていいのかな・・・。
そんな「完全アウェー(勝手にそう思っていただけだと思いますが・・・)」でしたが、なんとか震災の混乱期を乗り越え、いよいよ通常の「認知症介護」に突入するわけです。
グループホームでの認知症介護の第一の壁は「帰宅願望の対応」でした。
身体はとっても小さいのに声が人一倍大きくてすごく元気な車いすの入居者様がいました。
「あんだ!家さ帰っから!車で乗せでいばい(乗せていって)!!」毎日ずーーーーっと言い続けます。「帰らなくていいんだよ。ここにいていいんだよ」「あとでね」と、こちらもずーーーーーーっと言い続けます。
「なんで何回も何回も・・・
1回1回の「帰っから」を受け止めることが出来ませんでした。「帰っから」の理由が、「認知症だから」としか思いませんでした。「認知症だから『家に帰らなくていい』が理解できなくて同じこと何回も言うんだ」「認知症だからここで生活してるってことわからないんだ」「疲れて早く諦めてくれないかな」何てことを、ずっと心の中で思っていたわけです。
「帰りたくなる理由」を考えるなんてこと、思いもしなかったのです。
ある日、「帰っから乗せでいばい!」に嫌気がさした私は、「私ね、車運転できないの。馬で通ってるから」と適当に返事をしました。
朝起きてからずっと「帰っから!」と言っているのに誰もちゃんと話を聞かないもんで、怒り心頭という状態だった入居者様が、「んま(馬)さ乗ってんの
「人参やったらちゃんと言うこと聞くから怖くないよ。馬でいいなら乗っけて行くよ」と調子に乗って答えました。
「あやー、んま(馬)人参食うの!アハハー
「んま(馬)おっかねがらいいわー」と。
「雨の日は、んま(馬)どうすんの?」という質問に「馬用のカッパがあるんだよ」なんて話を続けました。
何度も「アハハ
もしかして「帰っから」は「何にも面白いことないから帰っちゃうよ、いいのね
もしかしたら面白かったらここにいてもいいって思うかもしれないなと、ここでやっと小さな小さな気付きが生まれたわけです。
気付いたからといって私の介護技術や話術が一気に上達したかというと残念ながらそううまくはいかないのですが、この入居者様の「帰宅願望対策」は、”馬”で乗り切りました。
他の入居者様の帰宅願望にも使ってみましたが、全く効果なしでした。
一人ひとりの興味は、もちろんですが千差万別ですもんね。
私が最初に想像していた「認知症介護」は、そのくらいの介護で済むのであれば自宅で十分暮らせる状態であり、それが難しいから、そのくらいの介護で済まなくなったから、それまで苦しい思いをして限界まで介護をしてきた家族の方が悩んで悩んで「施設に入ってもらう」と決断するわけですよね。
わかっていませんでした、私。
認知症介護をすることになって2~3年は「仕事がつらいなあ・・・」と、毎日思っていました。
仕事の日は朝ごはんも喉を通らないような状態でした。
予想もできないようなことをする入居者さんが怖かったのかもしれません。
うまく対応出来ない自分を知りたくない、そんな自分を人に見られたくない、そんな気持ちもありました。
いろいろな経験をしたこと、そしてたくさんの人たちに支えられ、「辛い」という言葉が薄れていきました。
仕事が辛くてたまらなかったあの時から、本気で「仕事が趣味です」「この仕事が大好きです!」といえるようになるまでの話を、時々ここでできるといいなと思います。
認知症介護の仕事をしているくせにそんなこと思うなんて・・・と不快に思われた方がいましたらすみません。
ただ、認知症介護とは、辛いだけでも、楽しいだけでもないということを、知っていただけたらなと思います。
では、また~